はんしん(3)－最上階の本殿－

「なんじゃ、こりゃ……」
一階のロビーから、エレベーターで真っ直ぐビルの最上階へと連れてこられた大洋は、扉が開いた瞬間、突如目の前に広がった、純和風の内装にあんぐりと口をあけた。
白木の壁に、金色の金具が所々で輝き、高い天井に吊るされた照明は六角形の灯篭、奥まで続く長い廊下には、緋毛氈が敷かれていた。
――なんか、神社みてぇだな。
それが大洋の第一印象だった。
そうしてすぐに、ああそうか、ここは本当に神社なのか、と納得した。
なにしろここは『宗教法人 古式佐伯神道 本庁』の最上階なのだ。
さしずめ、神社の境内でいう、「本殿」にあたる場所なのではないかと、大洋は想像した。
「履き物は、ここでお脱ぎください」
物珍しげにキョロキョロと周囲を見回していた大洋に向かって、栗田が静かに言った。
「へいっ」と思わず声を裏返して返事をした大洋は、あたふたと靴を脱ぐと、ぴょんと跳ねるようにして、あがりかまちに上がった。
白い鼻緒に染みの一つもない栗田の草履と、大洋のかかとが擦り切れるほど履き古した汚いデッキシューズが、天然石のタタキに残った。

「こちらです」
真紅の毛氈の上を滑るように進んでいた白足袋が、最奥の格子戸の前でぴたりと止まった。
切れ長の瞼を僅かに伏せて栗田が示したその引き戸には、繊細な組子細工が施され、はめ込まれたすりガラスから漏れる光が、その美しい文様を浮き立たせていた。
「トックル派遣の千葉大洋様、お連れしました」
「どうぞ、入って頂いて」
答えた声は、大洋が予想したよりも遥かに若かった。
栗田に促されるまま、恐る恐る格子戸を潜った大洋の前に広がったのは、壁一面を覆ったガラス窓と、そこにはまった明かり障子から漏れる、柔らかな光だった。
「ようこそ、いらっしゃいました」
厳かな室内の雰囲気に一瞬気を飲まれた大洋は、不意にかけられたその声ではっと我に返った。
見ると、部屋の奥に置かれた大きな執務机から立ち上がった青年が、爽やかな笑顔で大洋を迎えていた。
「始めまして、私が宮司の佐伯有道（さえきうどう）です」
名乗りながら、スマートな仕草で名刺を差し出した青年は、大洋と同年か、いっても、せいぜい二十代後半――――細身のシングルスーツに、襟高のシャツ、濃い目のネクタイをソフトに結んだその外見は、まるでアパレルの営業マンのように華やかで、趣きある設えの中では、いっそ場違いに見えるほどだった。
「あ、どうも……すんません」
名刺交換などというサラリーマンの慣習にはトンと縁がない大洋は、ぎくしゃくとぎこちない動作で名刺を受け取った。
『宗教法人 古式佐伯神道 代表 佐伯有道』
手が切れるかと思うほど真白な紙に印刷された名前の上には、おそらく古式佐伯神道の御神紋なのだろう、菱形が幾つか組み合わさったような複雑なマークが金で箔押しされていた。
「あのー、俺、名刺なんて気が利いたもん持ってないんですけど、一応履歴書は用意して――――」
「ああ、結構ですよ。詳細はトックルさんの方から、既に聞いていますから」
頭をかきながらジーンズの尻ポケットを探った大洋を、有道は笑顔で制した。
「そんなに緊張なさらないで、さあ、座ってください」
「はい、ありがとうございます」
失礼します、と軽く頭を下げ、大洋は大きな体を縮めるようにして進められたソファにちょんと腰掛けた。
和室に合うよう低く作られた長椅子のクッションは予想以上に柔らかくて、大洋はそのまま後ろへ引っ繰り返りそうになった。
「うぉっ！」
思わず声を出して両手を泳がせた大洋を、有道は初対面から一瞬も変わらない笑顔で見下ろしていた。
「…………話に聞いていた通り。貴方は本当に、楽しい方のようだ」
独り言のように呟くと、有道は入り口の脇で控えていた栗田に向かって顎をしゃくった。
「有意（ゆうい）を呼んできてくれ」
「はい」
短く答えた栗田は、入ってきたときと同様、足音を立てずに格子戸の向こうへ消えた。